大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和29年(オ)713号 判決

鳥取県八頭郡智頭町大字慶所二三九番地の一

上告人

谷口勝一郎

右法定代理人後見人

谷口勇

右訴訟代理人弁護士

花房多喜雄

同県同郡同町大字慶所二三四番地

被上告人

谷口重雄

同県同郡同町大字奥本五三六番地

安住喜代治

右当事者間の家督相続回復請求事件について、広島高等裁判所岡山支部が昭和二九年六月二五日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人花房多喜雄の上告理由第一点について。

論旨引用にかかる昭和一三年四月一二日言渡大審院昭和一〇年(オ)第二七六〇号事件の判決は、僣称相続人から相続財産に属する物を譲り受けた者は、正当相続人の相続回復請求権が旧民法(昭和二二年法律第二二二号による改正前)九六六条によつて消滅する以前といえども、民法一六二条の取得時効を援用することができることを前提とし、その場合前主たる僣称相続人の占有を併せて主張してもその占有はいわゆる瑕疵を帯びた占有(民法一八七条二項参照)といいえない旨判示したものであつて、原判決は右判例を誤解したところなく、又原審が僣称相続人から本件不動産の共有持分を譲り受けた第三者たる被上告人喜代治の援用した取得時効の抗弁を採用してもなんら法令の解釈を誤つた違法があるものではない。論旨は、前記判例を正解せず、独自の見解に立脚して原審の判断を攻撃するものであつて、採用することができない。

同第二点について。

原判決引用の第一審判決事実摘示によると、被上告人は期間二十年の取得時効援用については、その起算点を昭和六年二月一五日と主張し、期間十年の取得時効援用に当つては、その起算点を本件不動産の移転登記の日たる昭和六年一二月二四日と主張している。したがつて、原審が昭和六年二月一五日を起算点として十年の取得時効完成を認めたことは、被上告人の主張しない事実を認定した違法があるものといわなければならない。しかし、原判決の確定するところによれば、被上告人喜代治は、昭和六年二月一五日本件土地共有持分を譲り受けてその頃土地の引渡を受け、爾来所有の意思をもつて平穏公然これを占有管理し来つたというのであるから、この事実にもとずけば、被上告人喜代治が昭和六年一二月二四日(移転登記の日)を起算点として援用する十年の取得時効は、昭和一六年一二月二四日完成したことが明白であるから、被上告人喜代治の時効取得を認めた原審の判断は結局相当に帰するので、前記違法は原判決に影響するところなく、所論(一)は採用することができない。論旨(二)は、被上告人喜代治の占有が平穏公然であつたこと並びに占有のはじめ善意無過失であつたことを争うのであるが、結局事実認定の非難に帰し理由がない。なお、取得時効の点は、第一審以来の争点であるから、上告人は当然この点に関する立証を尽すべきであり、原審が仮りにこの点に関し特に釈明をしたり立証を促したりしなかつたからといつて、所論の違法はない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 垂水克己)

昭和二九年(オ)第七一三号

上告人 谷口勝一郎

被上告人 谷口重雄

外一名

上告代理人弁護士花房多喜雄の上告理由

第一点 原判決は判例の解釈を誤り法令の適用を誤りたる違法がある。

一、原判決は其前後の認定に於て被上告人谷口重雄の為したる家督相続は上告人の相続権を侵害したものであるから右相続を上告人に回復する旨の判断をしながら其後段に於て「僣称相続人(被上告人重雄)から別個の法律原因に基いて権利の譲渡を受け占有を開始した第三者(被上告人安住喜代治)が取得時效に因り権利を取得することを妨げるものではないと解すべきであるから(大審院昭和十三年四月十二日判決参照)控訴人(上告人)の此点の主張は採用できない」と認定し以て上告人の被上告人安住喜代治に対する本訴不動産回復に関する所有権取得登記の抹消請求を棄却したのである。

二、僣称家督相続人の為したる相続財産に関する処分行為は無效であり之により財産を取得したる第三者は意思の善悪を問はず正当相続人に之を回復すべき義務あることは従来大審院判例の一貫した態度である。

而して僣称相続人より相続財産を買得した被上告人安住喜代治の取得時效の仮定抗弁について原審は前掲大審院判例を引用し、其判例の趣旨が恰も斯る場合に於ける第三者を保護し正当相続人の回復請求権に制限を加えたように解釈し上告人の請求を排斥したものであるが

原審引用の昭和十三年四月十二日大審院民事第五部宣告の同院昭和十年(オ)第二七六〇号事件の判決の趣旨は本件判断に適切なものではない。

即ち其判示要旨は「占有者の承継人は自己の占有に前主の占有を併せ主張することを得れども前主の占有の瑕疵も又之を承継することは民法第一八七条に規定するところにして同条に所謂瑕疵とは占有権が完全なる效力を生するにつき障害となるべき事実を総称するものなること論なき所にして占有者が僣称相続人なる事実の如きは之を包含せざるものと解するを相当とす。蓋し僣称相続人は相続財産に属する不動産を占有するも時效により其所有権を取得するを得ざるものとするも民法第九六六条に於て相続回復請求権につき特殊の時效期間を定めたる結果取得時效に関する同法第一六二条の規定は僣称相続人との間に於ては自ら其適用を排除せられるがために外ならずして僣称相続人として占有する事実自体が直接に右総則の規定により所有権取得の效果を発生するにつき障害となるものに非らざればなり」

と謂うに在つて右判例の主旨は後者が前主の占有を併合主張する場合に於ける瑕疵承継に関するものであり其末段に於て僣称相続人が相続財産を占有する場合に於ける取得時效の主張が恰も理論上容認されるかのような判断を附加してゐるに過ぎない。

三、然しながら僣称相続人が仮定十年又は二十年以上相続財産を占有するも取得時效を援用するを許されないことは昭和七年二月九日大審院判決の明示してゐるところであり而も其判例は今尚改廃せられてはゐないのである。其判例の要旨は「家督相続人が相続財産を回復し得る間に於てはたとえ僣称相続人に於て不動産を時效完成期間占有するも時效により所有権を取得し得ず」として僣称相続人の為したる占有継続を取得時效の対象より除外して来た明治四十四年(オ)第五六号以来の大審院判決の解釈を其儘維持し之を宣明したものである。

従て原判決引用の末段の判断により前示昭和七年二月九日の大審院判決が変更せられ僣称相続人が取得時效を援用し得る旨の判断が与えられたものと為すことは出来ない。

そうでなければ相続回復請求につき正当相続人が相続権侵害の事実を知つてから二十年間回復請求権を行使し得るとの特別時效の制度は僣称相続人の不法占有により財産の回復を阻まれ其実效を挙ぐるを得ない結果が招来されるので僣称相続人の占有は取得時效の基礎となるべき占有ではないと解すべきこと理の当然であり、僣称相続人より相続財産を買受けた第三者も亦正当相続人の相続回復請求権の時效が完成しない期間は取得時效により該財産の所有権を取得するに由ないものと解すべきであることも亦自明の理である謂はねばならない。

原審引用の判例につき「判例民事法昭和十三年度」一六九頁以下に有泉亨氏が他の学説を引用しそれに自家の所見を加え右判例の批評を試み上告審は其事件の上告理由書第三点の「仮りに民法第九六六条の適用がある時は民法第一六二条第二項の時效が完成しないとしてもそれは僣称相続人たる身分の效果である右第一六二条は僣称相続人の占有も其占有を充す以上は承継人たる第三者が之を取得時效に加算してもよい」と争つたのを認容して大審院が原判決を破毀したものであると解せらるゝ旨の見解を示してゐるけれども之は一個の学説たるに止り従来の大審院判例を変更した旨の大審院判例ではないこと勿論である。

然るに原審は右昭和十三年四月十二日大審院判決の与えたる判断の内容を誤解し正当相続人の回復請求権の時效完成前に於ても僣称相続人より相続財産の所有権を取得したる被上告人に取得時效の援用が出来るものと誤解し遷いて民法第百六十二条を不法に適用し此部分につき上告人の請求を排斥したのは法令の適用を誤つた違法の判決たるに帰する。

原判決は破毀を免れない。

第二点 原判決には理由齟齬及審理不尽並に法令の適用を誤つた違法がある。

(一) 理由齟齬及不尽の違法

原判決は其理由中に「被控訴人喜代治は被控訴人重雄から昭和六年二月十五日別紙目録記載の不動産の二分の一の持分を貸金に対する弁済に代えて譲受け其頃引渡しを受けたこと(但し被控訴人重雄から六ケ月以内に右貸金相当額を返済した場合には右持分権を被控訴人重雄に返還する特約があつたので移転登記は右期間経過後の昭和六年十二月二十四日になしたこと)右譲受けの際喜代治は被控訴人重雄が僣称相続人であることは知らず爾来所有の意思を以て共有者である訴外池本林蔵及其子池本信と共に右山林を占有管理した事実を認めることが出来る」との事実を認定し

更に

「被控訴人喜代治の占有が占有開始以来十年を経過しておることは暦法上明であるから十年の期間の経過した昭和十六年六月を以て取得時效によりて別紙目録記載の不動産の持分を取得したものであると判示した。

右判示によれば被上告人安住喜代治の為したる取得時效の抗弁の基本となる占有の開始を原裁判所は一体何時からと見てゐるのであろうか判文上明でない時效完成期を昭和十六年六月(何日か日時の記載はないが)と判定した点よりすれば時效の基算点は夫れより十年前の昭和六年六月中の某日と判断してゐるものと推測されるのであるが

右起算点である昭和六年六月より被上告人安住が本訴山林を占有し実力的支配をしたとの被上告人安住の主張もなければ又其証拠もないのである。

控訴審に於ける当事者双方の主張は原判示の通り第一審判決事実摘示の通りであること明白であり

第一審に於ける被上告人安住喜代治(被告)の此点の主張によれば

「被告安住は被告谷口との間に昭和六年二月十五日前記不動産の売買契約をし其証書を作成し其所有権を取得して引渡を了し(六ケ月内買戻約款付)爾来本訴請求を受ける迄二十年間所有の意思を以て平穏且公然に占有して来たものであり少くとも昭和六年十二月二十四日右不動産につき取得登記をしてから以後本訴請求を受ける迄十年以上善意且つ無過失で平穏公然の占有をして来たものであるから時效により所有権を取得した」と抗争した事明白である。

然らば被上告人安住の原審の主張では売買契約と物件の引渡日であると主張する昭和六年二月十五日又は登記の日である同年十二月二十四日が時效開始の起算点であると主張したことも明瞭である処原審は当事者の主張しない而も事実干係の審理過程の上から見て何等の拠り所もない昭和六年六月を時效の始期と判断したのは被上告人安住の主張を誤解した為め判決理由に齟齬を来したものか若しそうでないとするならば釈明権を行使し当事者双方の主張を質し又双方の其点の主張に不一致があれば証拠調を為したる上、昭和六年六月占有を開始したものとの認定を為すべきであるのに斯る点につき何等の審理をも為さずして漫然昭和六年六月より時效は進行し同十六年六月十年の時效完成したと判断したことは少くとも審理不尽の違法あるに帰する。

原判決は此点に於ても破毀せらるべきである。

(二) 法令適用過誤の違法

原判決は右取得時效につき十年の短期時效を引用し民法第百六十二条第二項を適用したものであるが

仮りに上告理由第一点の第三取得者に取得時效援用権なしとの上告人の主張を一歩譲り僣称相続人より本訴山林の共有持分を取得した被上告人安住に時效援用の資格があると仮定しても僣称者である被上告人谷口重雄と被上告人安住喜代治とは本来血族の従兄弟であつて被上告人重雄が亡谷口槌蔵の実子ではなく亡米井善蔵の子であることは当初より判つてゐた続柄であり而も谷口重雄が被上告人安住喜代治を相手取り借入金弁済を理由として本訴山林の同一持分につき昭和二十五年六月六日鳥取地方裁判所昭和二十五年(ワ)第一二九号所有権移転登記請求訴訟が提起せられ目下広島高等裁判所松江支部昭和二十七年(ネ)第五八号控訴事件として係争中であり而も其事件に於ける喜代治提出の準備書面並に証人池本信の訊問調書の記載によれば被上告人重雄より被上告人喜代治に対し昭和六年末頃より本訴山林の同一持分の返還方を請求し、喜代治が之を拒絶し今日に至つてゐる事実に徴すれば被上告人喜代治の占有は其始めに於て善意無過失ではなく且つ平穏なる占有でもない。

左れば仮りに取得時效の適用があるとしても民法第一六二条第一項の二十年の時效に拠るべきであり十年の短期時效に関する法律を適用すべき筋合ではなく且つ被上告人の占有開始が所有権取得登記の日である昭和六年十二月二十四日であれば二十年の満了前である同二十六年九月本訴が提起せられたことは記録上明であるから二十年の時效も亦未完成であると謂はねばならない。

而も本件は二審判決所載の如く被上告人の仮定抗弁多岐に亘つてゐるのであるが第一審判決は民法第九六六条の二十年の期間は時效ではなく除斥期間であるとして上告人の請求を排斥し他の争点に対する判断を為さず控訴審も口頭弁論期日に於て此点につき同一の見解の如き意見を洩らして他の争点に対する審理を為さずして一回限りで終結したが、判決言渡期日迄に判例を調査し右九六六条の期間は除斥期間ではなく時效期間であることを発見し一審の誤判を是正したが意外にも何等控訴審に於て格別の釈明立証をも促さなかつた取得時效の点について被上告人勝訴の判決をしたことは当事者双方共所謂肩すかしを喰つたような感を抱いたのである、若し控訴審に於て取得時效の点につき判断を為すべきものであることが口頭弁論終結前に判つてゐたならば占有者の意思の善悪、平穏且つ公然性の存否及び所有の意思による被上告人安住の占有は貸金債権担保の為めの売渡担保の弁済期である昭和六年十二月二十四日の翌日より開始されたものであるかどうか、其間時效中断の事由があつたかどうか等につき主張並に立証を尽さしめる必要があるべきであるのに何等の配慮をも為さず叙上の如き判断を与えた事は法令の適用を誤つたものであるのみならず事実審裁判所として為すべき審理を尽さない違法がある。

以上

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